たぬき暮らし

たぬき顔の嫁と子供と暮らしているので。

【人種差別、部落差別…etc】差別を扱った映画6選

f:id:raccoonman6:20180607005728j:plain

ゆとりだけにゆとりある生活を送りたい、キスケです。

人類が文明を築いてからというもの、世の中から差別がなくなったことはないのではないでしょうか。支配する側とされる側、生まれた時点でそれが決まってしまうような時代もありました。現在、建前上は「人類はみんな平等である」とされ、昔よりはマシになっているものの、人種差別、部落差別、性差別など、様々な差別が存在しています。

今回は、差別について取り扱った映画作品をご紹介します。

サラエボの花(民族差別)

舞台はボスニア・ヘルツェゴビナ。とあるボスニア人の母子家庭の母と12歳の娘が主役です。1990年代と、ほんの最近起きたユーゴスラビア紛争から10年余り。映画が公開された2005年頃のボスニアには、「シャヒード」という言葉があります。

シャヒードとは、「殉教者(紛争で亡くなったボスニア人)」のこと。当時のボスニアの子供たちとって、父親がシャヒードというのは名誉なことでした。一方、紛争では女性に対する性的暴行が多発し、セルビア人による暴行で妊娠・出産した女性、そしてその子供は差別やいじめの対象でした。

母は、娘に「あなたの父はシャヒードよ」と言って育ててきました。しかし、本当は、セルビア人の暴行を受けて生まれた子供なのでした。

戦争モノのように視覚に直接訴える衝撃はありませんが、紛争がもたらした後遺症とも言うべき状況が、紛争の凄惨さをより際立たせます。

親子がどのようにこの苦しみと向き合って行くのか、最後まで目が離せない作品です。

最高の花婿(人種差別)

舞台はフランス。フランス人でカトリックの初老の夫婦には、4人の娘がいます。そのうち3人は、外国籍の男性と結婚。彼女たちの婿はユダヤ人(ユダヤ教徒)、アラブ人(ムスリム)、中国人(無宗教?)と、バラエティに富んでいます。

彼らは最初に集まったとき、宗教観や民族的な価値観で衝突し、ケンカ別れします。特に親であるフランス人夫婦の、外国人に対する排他的思想がとても強く、先が思いやられます。

フランス人夫婦は、4人目の娘がカトリックのフランス人と結婚してくれることを願い、その思いを糧に、愛する娘が選んだ多国籍の婿たちと仲良くしようと努力します。

そんな矢先、4人目の娘が紹介してきた婚約者は、お望みどおりカトリックでフランス人のハズが…

コメディタッチでありながも、激しめな差別的描写に、正直笑えない部分もありました。しかし、それぞれの登場人物が相手を理解しようとし、互いに歩み寄り、絆を築いていく姿に、心温まります。

それでも夜は明ける(人種差別)

1840〜1850年代のアメリカが舞台の、実話をもとにした映画です。

この映画の主人公は、アメリカ北部で暮らすトランペット奏者の自由黒人「ソロモン・ノーサップ」。多くの白人の友人を持ち、愛する妻子と共に平和に暮らしていました。しかし、妻が子供と一緒に出張に行って1人で過ごしているとき、ある白人の2人組に騙され、アメリカ南部に拉致され、売られてしまいます。ソロモンは別の名前を与えられ、ある地主に労働力として買われました。

元々奴隷ではなく、様々な経験を積んできたソロモンは、労働効率を上げるアイデアやバイオリンの技術が地主に認められ、重宝がられます。それを面白く思わない、仕事ができないある白人労働者に妬まれ、ソロモンはことあるごとに言いがかりを付けられ、暴力を振るわれ、しまいには半殺しにされてしまいます。地主はソロモンを守るため、別の地主にソロモンを売り渡しますが、待っていたのはもっと救いのない残酷な現実でした。

当時のアメリカ南部では、黒人とは奴隷であり、人間ではなく家畜に等しい存在として扱われていました。黒人奴隷は誰かの所有物であり、どう扱おうと持ち主の自由です。持ち主が所有権を放棄しない限り、自由を得ることはできません。そして、誰かが解放しようとしても、それは持ち主の所有権を侵害する犯罪行為となってしまうのです。

現在も、ここまで酷くはありませんが、黒人に対する差別感情を持つ人がいまだにいます。ミャンマーにおけるロヒンギャ問題のように、人種差別が絡んでいる大事件もいまだに起こっています。差別という言葉に、果たして「夜明け」は来るのか。考えさせられる作品です。

ふたたび(ハンセン病についての差別)

時代は現代、ハンセン病とジャズがテーマの映画です。

大学生の「大翔」と、その祖父である元ハンセン病患者の「健三郎」が、この映画の主人公です。健三郎は、家族からの再三の説得もあってか、約50年ぶりにハンセン病の療養施設のある小さなを出て、家族と共に暮らし始めます。

健三郎がハンセン病にかかった1950年代の日本では、「らい予防法」というハンセン病患者を強制隔離する法律がありました。ハンセン病は一種の感染症で、発病すると手足が変形することがある病気です。感染力は弱いものの、見た目のインパクトからネガティブなイメージを抱きやすく、感染者を隔離する政策もあいまって、「ハンセン病は恐ろしい病気である」との認識が広がり、差別につながっていきました。

健三郎は、病気がわかって間もなく離島の療養施設へ隔離されました。祖父には妻がいて、妊娠していましたが、出産後、夫が感染していたという理由で子供と引き離され、失意の中で亡くなっています。そして現在、祖父である健三郎がハンセン病患者だったことを知られたからでしょうか?大翔は彼女に別れを告げられ、姉の婚約も破談となってしまいます。過去も現在も、ハンセン病に対して無知であるがゆえに、差別が続いていることが示唆されます。

大翔と健三郎。2人の共通点はジャズです。大学生はジャズサークルでトランペットを担当していて、祖父もトランペットが趣味で、隔離される前はジャズバンドに所属していました。療養施設を出た健三郎は、かつてのバンドメンバーと会うため、そして妻の墓参りをするために、大翔と共に全国を旅します。

ハンセン病について言及していますが、エンターテインメント性も高く、深い感動で優しく包んでくれる作品です。

ボーイズ・ドント・クライ(性同一障害についての差別)

舞台は20世紀末のアメリカ。性同一性障害を持つ女性「ブランドン」が主人公で、実際にあった事件を題材にした映画。

ブランドンは偽名で、男性のように振る舞い、周囲からは美形の少年だと思われていました。彼はとあるヤンキーグループに加入し、行動を共にし、お互いに心を許しあうようになります。しかし、自らが性同一障害を持っていることは打ち明けませんでした。

メンバーの1人の家族(?)には、「ラナ」という少女がいました。ブランドンとラナは惹かれ合い、恋人同士になります。ラナは、ブランドンが男性ではないと気付きながらも、気付いていないふりをして過ごします。

しかしあるとき、交通違反でブランドンの本名が新聞に載ったことがきっかけで、仲間たちに実は女性であることがバレてしまいます。仲間は騙されていたと腹を立て、ブランドンを性的に暴行します。

救われない、後味の悪い映画です。ブランドンが実は女性だとわかったときの仲間たちの手のひら返し、レイプされたあとの警察によるセカンドレイプ。理解できないものを受け入れようとしない、人間の汚い部分をまざまざと見せつけられます。

性同一障害に対する偏見・差別は未だに残っています。恥ずかしながら、僕もこの映画に出会うまで、トランスジェンダーの方に偏見を持っていました。しかしこの映画を見て、自分がとても恥ずかしくなりました。

橋のない川(部落差別)

1900年代初頭の被差別部落の人々の暮らしや、部落差別と闘い、全国水平社結成に至るまでが描かれている映画。

小学生の頃に見ましたが、内容が重すぎたり、難しすぎたりしない、抵抗なく部落差別について学べる作品となっています。

部落差別の暗い部分よりも、美しい音楽と、昔の日本の美しい風景、被差別部落に暮らす人々の生き生きとした姿に魅了される、エンターテインメント性の高い映画です。

最後に

昔、シッタカブッタという漫画で、こんな4コマを読みました。
そこに描かれていた内容は、「もともと一緒に暮らしていたブタを、柵を作って東西に分けてしばらくの期間が経った後に元に戻すと、”東から来たやつら”、”西から来たやつら”と呼び合うようになった」というものだったと思います。

差別のきっかけは、こんな感じで単純だったのだろうと思います。しかし、差別する側の人々が差別される側の人々を迫害し、ときには差別される側の人々が加害者になる、ということを長い期間繰り返す中で、複雑な問題になってしまっているように感じます。

いっそ、差別に関する知識を何もかも忘れてしまったほうが、差別はなくなるのかもしれません。